大判例

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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)3397号 判決

原告

大藪竜太郎

原告

田中祥雅

右両名訴訟代理人

吉田清悟

被告

東淡信用組合

右代表者

的崎紋次

右訴訟代理人

荻矢頼雄

外四名

主文

一  被告は、原告大藪に対し、金一億一四六〇万一二一二円及びこれに対する昭和五二年七月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告田中に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一二月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告大藪のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告大藪と被告との間においては、原告大藪に生じた費用の二分の一を原告大藪の負担とし、その余は被告の負担とし、原告田中と被告との間においては、全部被告の負担とする。

五  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈前略〉

判旨右認定事実によれば、原告大藪は、別紙約束手形目録(一)ないし(四)の手形の各受取人から裏書によつて各手形債権を取得するとともに前記各保証債権を取得し、かつ、その取得につき別段の対抗要件を具備することなく、保証人である被告に対し、保証債務の履行を求めることができるというべきである。

また、原告田中は、遡求義務を履行して別紙約束手形目録(五)の手形を回復したものであるところ、この場合には、当然に振出人に対し手形債権の履行を求めることができると解するのが相当であり、前段で述べたところと同様に、手形債権とともに取得した保証債権についても、別段の対抗要件の具備を要せずしてこれを行使しうることは明らかである。

二抗弁1の主張について検討する。〈省略〉

三抗弁2の(一)の主張について検討する。

〈証拠〉を総合すると、被告は協同組合法に基づいて設立された信用組合であること、被告の定款に定められた事業目的は、同法九条の八に信用協同組合の事業内容として定められたところと同一であつて、組合員のための金融業務がその事業目的となつていること、栄晶は、昭和五一年三月一日被告の地区である兵庫県津名郡に支店を設置して、同月六日支店登記をし、被告の定款所定の手続を経て被告の組合員となつたことが認められる。

判旨ところで、法人の行為が当該法人の目的の範囲内に属するかどうかは、被告のように営利を目的としない法人にあつても、その行為が法令及び定款に照らして法人としての活動上必要な行為でありうるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきであるところ、右認定事実によれば、被告は組合員のために金融業務を営んでいるのであるから、被告がその組合員である栄晶のために栄晶の負担する手形債務につき保証することは、その事業に付帯する業務(協同組合法九条の八第一項四号)として被告の目的の範囲内に属するものであつても、有効であると解するのが相当である。

もつとも、被告が栄晶から不動産の担保を徴求したうえで本件保証をしたことは、当事者間に争いがないところ、〈証拠〉を総合すると、昭和四七年二月五日付蔵銀第二二九号各知事宛大蔵省銀行局長の「信用組合基本通達の一部改正」と題する通達によつて一部改正された昭和四三年八月三一日付蔵銀第一三五〇号各知事宛大蔵省銀行局長の信用組合基本通達中の資金運用指導要領には、信用組合が担保を徴求して保証する場合には、当該組合に対する預金及び定期預金又は支払準備資産となる有価証券を担保とする場合に限る旨定められていることが認められ、本件保証は右通達に違反することとなるが、右通達は、信用協同組合の健全な経営を図るべく、各知事において右資金運用指導要領にそつて信用協同組合を指導、監督すべき旨を定めた行政組織内部の命令にすぎず、右通達に違反した行為が私法上違法、無効なものとなるということはできない。

したがつて、本件保証が被告の目的の範囲外で無効であるとの被告の主張は理由がない。

四抗弁2(二)の主張につき検討する。

〈中略〉

更に被告は、保証額が高額であること、それに見合う担保を取得していないことを理由に、本件保証が被告の目的に反したものであるから無効であると主張するので、この点について検討するに、〈証拠〉によれば、被告の定款には、組合員の経済活動を促進しその経済的地位の向上を図ることが被告の目的として定められていることが認められるところ、確かに、高額の保証をそれに見合う担保なしに行うことは、組合員が多大の不利益を受け、組合自体の経済的基礎を危くするという右目的に反する結果を生じさせうるものであるが、だからといつて、そのような場合の保証を目的違反行為として当然無効と解することは、前記のとおり本来目的の範囲内の行為として有効であるべき保証の効力が、保証額の多寡や担保の有無などといつた個々の事案における諸要素によつて左右され、ひいては取引の安全を著しく損なう結果を生ぜしめることとなるから、相当でなく、被告の右主張もまた採用できない。

以上によれば、抗弁2(二)の主張は理由がない。

五抗弁2(三)の主張につき検討する。

判旨1 法人の代表者が外形上その立場で法律行為をした場合においても、それが自己又は第三者の利益を図るため代表権限を濫用してされたものであり、かつ、相手方が右権限濫用の事実を知り又は知りうべきであつたときは、民法九三条但書の類推適用により、右法律行為は法人に対し効力を生じないと解するのが相当である。

2 そこで、本件保証についてみるに、中谷が被告の代表理事として本件保証をしたことについては当事者間に争いがないから、まず、本件保証が中谷の権限濫用行為といえるかどうかを検討する。

前記認定事実、〈証拠〉を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  中谷は、昭和五一年三月初めころ、栄晶の代表取締役である大江及び財津和男から、同人らが代表取締役をしている光洋土地開発の所有にかかる保安林を政府に買収してもらう予定でいるとの話を聞き、同人らに協力することにより右買収金が被告に預金されることを期待して、栄晶に被告の組合員資格取得手続をとらせて栄晶との取引を開始することとなり、同年四月一三日、手形貸付、債務保証等の取引について取引約定書を交わした。

(二)  中谷は、右同日、右取引の担保として、大江、財津に個人保証させ、かつ、光洋土地開発所有の兵庫県美方郡温泉町岸田字畑ケ平三八四一番地所在の保安林に極度額一〇億円の根抵当権を設定させ、更に、同月二六日、同社所有の石川県金沢市菊水町ソ一番ほか一七筆の保安林に追加共同担保として同額の根抵当権を設定させた。しかしながら、栄晶、大江、財津とも、億を越える多額の取引の担保となりうるような資産は有しておらず、右各土地についても、大江らが中谷に示した鑑定評価書には一〇億円前後の価値がある旨記載されていたが、実際には保安林という性格上、市場性、換金性に乏しく、担保価値はそれより大幅に低いものであつたうえに、菊水町の保安林については、既に訴外日産生命保険相互会社が合計一億七五〇〇万円の先順位抵当権を有していた。中谷は、右鑑定評価書を示された以外には、特に担保価値について調査した形跡はない。

(三)  被告の栄晶との取引は、一〇〇〇万円の手形貸付から始まり、昭和五一年四月中には右を含めて二億三五〇〇万円の手形貸付を行つたが、同年五月に入つて大江から、右温泉町の土地につき政府から有利な買収を受けるためには、その付近の土地をあわせて買収してもらうのがよく、そのための資金が必要であると要請されたので、中谷はそれに応じて、栄晶振出の為替手形六通合計四億円について被告名義の引受をし、もつて栄晶の資金調達に便宜を与え、その後も右と同様の理由から栄晶振出の約束手形に、あるいは、右為替手形、約束手形の回収資金を調達する必要上栄晶振出の約束手形に、それぞれ被告名義で手形保証、民事保証を繰り返し、更には、同様の理由で手形貸付を継続した。中谷が、右保証、手形貸付を続けたのは、それを断われば、栄晶の資金繰りが悪化して倒産し、ひいては後述の限度額超過の貸付、保証の事実が発覚し、自己の責任が表面化しかねないので、それを回避するという意味もあつた。

(四)  右各保証、手形貸付は、いずれも中谷の一存で行われたものであり、昭和五一年一〇月ころまでの間に、被告が栄晶のために保証した額は約二六億円、手形貸付金残高は四億二〇〇〇万円にものぼつた。合計一億九〇〇〇万円の本件保証は、右保証の一環として行われたものである。

(五)  本件保証がされた当時の被告の規模は、出資金総額六〇〇〇万円余り、預金総額約三〇億円であつた。そして、前記資金運用指導要領は、協同組合による金融事業に関する法律四条の二と同様に、一組合員に対する貸出、保証合計の限度額を自己資本額(出資金と準備金との合計額)の二〇パーセントに制限しているので、被告の準備金の額は明らかでないがそれを考慮に入れても、前記合計約三〇億円の保証、貸出はもちろんのこと、本件保証のみをとつてみても、右制限を大幅に超過するものであつた。

以上の事実が認められ、右認定を履すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、前記のとおり不動産を担保として徴求することは資金運用指導要領で禁止されているにもかかわらず、本件保証の担保となつていたのは不動産で、しかもその不動産は、保安林であるためそれ自体の担保価値が低く、本件保証前に既に相当額の保証、貸付が行われていることからして、本件保証の担保として不十分なものであつたのであり、更に、本件保証は、資金運用指導要領に定める保証限度額を超過する保証であつて、なおかつ、本件保証をするについては理事会の決議が必要である(協同組合法三六条の二)にもかかわらず中谷の一存で行われたのであるから、中谷の行つた本件保証は、権限濫用の行為であるというべきである。

3 そこで次に、中谷の権限濫用を本件保証の相手方たる別紙約束手形目録(一)ないし(五)の手形の各受取人において知り又は知りうべきであつたかどうかについて、各受取人ごとに検討する。

(一)  原告田中について

原告田中が中谷の権限濫用の事実を知つていたこと及び知りうべきであつたことについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。かえつて、原告田中本人尋問によれば、右権限濫用の事実を知らなかつたことが認められ、また、同結果及び証人中谷の証言を総合すると、原告田中は、本件保証を受ける前の昭和五一年七月四日に被告方へ行き、中谷から保証の意思を確認したこと、その際中谷から、栄晶から約一〇億円の担保を預かつている旨告げられたことが認められ、右事実によれば、原告田中は中谷の権限濫用を知りうべき状況にはなかつたものと推認することができる。

(二)  北林博について

北林が中谷の権限濫用の事実を知つていたことについては、これを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、〈証拠〉によると、同人はこれを知らなかつたことが認められる。また、〈証拠〉を総合すると、被告、北林間の保証は、中谷が北林宛に作成した被告名義の保証書を中谷から大江が受領して、大江がこれを北林に交付するという形で行われたもので、北林は被告と保証についての直接の交渉をしなかつたことが認められるが、他方、右各証拠及び原告大藪本人尋問の結果を総合すると、北林は、原告大藪から中谷に保証の意思があることは電話で確認していると聞いていたこと、大江からは、前記菊水町及び温泉町の土地を被告に担保として提供してあると聞いており、しかも右各土地が実在することは北林自身知つていたこと、兵庫県の信用組合に対する監督機関が行つた調査において被告は特に問題のなかつた組合であると聞いていたことが認められ、右各事実に照らしてみると、北林が保証について被告と直接交渉しなかつたことのみから権限濫用を知りうべきであつたと推認することはできず、他に右を認めるに足りる証拠はない。

(三)  大家元豪について

大家が中谷の権限濫用の事実を知つていたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。また、前記(二)の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、被告、大家間の保証は、中谷が大家宛に作成した被告名義の保証書を中谷から大江が受領して、大江がこれを弁護士である北林に交付し、北林から原告大藪へ、原告大藪から大家へ順次交付するという形で行われたもので、大家は被告と保証についての直接交渉をしなかつたことが認められるが、中に入つた北林が弁護士であつて、同人は権限濫用を知らなかつたこと及び大江が中谷の権限濫用について悪意であつたこと(後に認定)を原告大藪は知らなかつたことに照らしてみると、右認定事実のみから大家が権限濫用を知りうべきであつたと推認することはできず、他に右を認めるに足りる証拠はない。

(四)  光洋土地開発について

〈証拠〉を総合すると、本件保証を含む昭和五一年四月から同年一〇月までの被告、栄晶間の手形貸付、債務保証の取引は、すべて大江からの申し入れによるものであるところ、大江は、被告が資本金六〇〇〇万円余りの兵庫県下で最小の規模の信用組合であつて、右多額の保証等を行いえないことを知つており、また、担保として提供した前記菊水町及び温泉町の土地は、保安林のため担保価値は低く、しかも、本件保証があつたところには、既に、少なくとも二億の手形貸付と四億の為替手形への保証がされており、本件保証を右物件で担保しきれないことを知つていたことが認められ、右認定事実によれば、大江は中谷の権限濫用を知つていたものと推認することができる。そして、大江は光洋土地開発の代表取締役であつたこと前述のとおりであるから、同社も右権限濫用を知つていたものといわなければならない。

六五で検討したところによれば、別紙約束手形目録(一)の手形債権についての保証債権に基づく請求に対する抗弁は認められることになるので、進んで右抗弁に対する再抗弁1の主張について検討する。

判旨前記のとおり、相手方が代表者の権限濫用を知つていたため、民法九三条但書の類推適用によつて代表者の法律行為が無効となる場合であつても、右法律行為によつて相手方が取得した債権を第三者が譲り受けた場合において、第三者が相手方の右知情を知らなかつたことを主張立証した場合には、民法九四条二項の規定を類推し、本人(法人)は、民法九三条但書の類推による無効を第三者に対抗することができないと解すべきである。

そこで、原告大藪において、光洋土地開発の代表取締役である大江が中谷の権限濫用を知つていたことにつき善意であつたかどうかを検討するに、〈証拠〉を総合すると、別紙約束手形目録(一)の手形は、原告大藪の栄晶に対する貸付金の弁済の確保のために光洋土地開発宛に振り出され、同社から原告大藪に裏書譲渡されたものであるところ、原告大藪が栄晶に資金を融通したのは、大江から、前記保安林を政府に買収してもらう予定でいるがそのための資金が必要である、融資については被告の保証があるし、融資に応じてくれたら、買収が実現したときに四、五〇〇万円の謝礼をするとの話を受けてこれを信じ、右利益を期待したからであることが認められ、右のように大江の言を信じて現実に五〇〇〇万円の出捐をした原告大藪において、中谷の権限濫用についての大江の知情を知つていたとは認めがたく、右認定事実からは右の点につき善意であつたと推認すべきである。

したがつて、被告は、原告大藪に対し、民法九三条但書の類推による本件保証の無効を対抗することができない。〈以下、省略〉

(島田禮介 栗栖勲 山田俊雄)

約束手形目録〈省略〉

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